江川卓『カラマーゾフの兄弟』は滋賀県立図書館にあります 詳細を見る

第五編 第五節-2 悪魔の三つの問い

ドストエフスキー Novella
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『カラマーゾフの兄弟』 第1部 第五編 『ProとContra』 より

人間の様子を見るため、異教徒の火刑場に現れたイエス・キリストは、90歳になる大審問官に捕らえられ、牢に繋がれる。
大審問官は、一人で牢を訪ねると、燭台の置かれたテーブルをはさんで、イエスにこう言い放つ。

「いまこそこの人間たちは、かつてのいかなるときにもまして、自分たちが完全に自由であると信じ切っておるのだ。そのくせ彼らは自分からすすんでその自由をわしらに捧げ、うやうやしくわしらの足もとに献呈してしまっておるのだがな」

人間にとっての行動や価値観の選択の自由は、逆に、悪霊(=否定や反逆の側)に取り込まれる原因になった。

その主張に続いて、荒野での『悪魔の三つの誘惑』が語られる。

人間は生まれつき反逆者なのだ。だが汎着者がはたして幸福になれるだろうか? おまえにしても何度も警告を受けたはずだ(荒野の試練)。

ところがおまえは警告に耳をかさず、人間たちを幸福にできる唯一の道をしりぞけてしまった。ただ、幸いなことに、この世をさるにあたって、おまえは自分の事業をわしらに譲っていってくれた。これはおまえが約束したことなのだ。

≪中略≫

偉大なる悪魔(かつて恐ろしい霊、賢い悪魔、自滅と虚無の悪魔)が荒野でおまえと問答をしたことがある。聖書の伝えるところによると(『マタイ福音書』第四章)、悪魔がおまえを誘惑したとかいうことだ。

だが、そうだろうか?

そもそも、悪魔が三つの問いの形でおまえに告げ、おまえが拒否したこと、そして聖書の中では≪誘惑≫と呼ばれていること以上に真実なことを、何かほかに言いうるものだろうか?

実を言えば、もしかつてこの地上にまこと驚天動地の奇跡が存在したことがあるとすれば、それはあの日、あの三つの誘惑の日をおいてほかにないいのだ。

この三つの間が出現しえた事実そのものにこそ奇跡が含まれておったのだ。まあ、ほんのためしにでもよいから、仮に悪魔のあの三つの間が聖書の中から跡形もなく消え失せてしまって、それを復元するために、つまり、ふたたびそれを聖書の中に書き込むために、あらためてそれを考案し、文章に作りあげなければならなくなったと想定してみようではないか、そしてそのために、この地上のありとあらゆる賢者たち――為政者や、抗争や、学者や、哲人や、詩人たちを集めて、彼らにこんな設問をしてみるがよい、

さあ、三つの問を考えだして、文章にまとめてくれ、ただしそれは、事がらの大きさにふさわしいものであるばかりでなく、さらにそのうえ、三つの言葉、わずか三つの人間の語句だけで、世界と人類の未来の全歴史を表現しつくしているようなものでなければならない、というわけだ。

マタイ福音書 第四章 『誘惑を受ける』の内容は次の通り。

さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、精霊(神の霊)に導かれて荒れ野(おそらくエルサレムとイエリコとの間にある地域)に行った。そして、四十日間、昼も夜も断食した後、飢えてしまった。

すると、悪魔が誘惑しようとやって来て、イエスに、おまえが「神の子」なら、そこらの石がパンになるように命令したらどうだ」と言った。

イエスは答えた。

人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と聖書に書いてある。

次に、悪魔はイエスを聖なる都エルサレムに連れて行き、神殿の屋根の上に立たせて、言った。

「お前が(神の子)なら、飛び降りたらどうだ。『神が天使たちに命じると、お前の足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手でお前を支える』と書いてあるのだ」

イエスは「『お前の神である主を試してはならない』とも書いてある」と答えた。

さらに、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世界中の国々とその繁栄ぶりを見せて、「もし、お前がひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんあお前にやろう」と言った。

すると、イエスは答えた。「退け、サタン。『お前の神である主を礼拝し、ただ主に仕えよ』と書いてあるのだ」。

そこで悪魔は去って行った。

すると、代わって天使たちが来て、イエスに仕えていた。

新約聖書 共同訳全注 (講談社学術文庫)

大審問官いわく、「この三つの問いには、その後の人類の全歴史が いわば不可分の一体として総合され、預言されているし、また全地上にわたる人間の本性の解きえない歴史的矛盾のすべてが三つの比喩に集約されて示されているからだ」。

一つ目の問いに対して。

おまえは、人の生きるのはパンのみによるにあらず、と反駁した。

しかし、よいかな、ほかでもない、この地上のパンの名においてこそ地上の悪魔はおまえに叛旗をひるがえし、おまえと戦って、おまえを打ち負かすのだぞ。そしてすべての人間が、「この獣に似たものこそ、天上の火を盗んでわれらに与えてくれたのだ!」と叫びながら、悪魔のあとについて行ってしまうのだ。

おまえは知っておるのかな、これから何世紀かが経つと、人類は自分たちの英知と科学との口を借りて、犯罪はない、したがって罪もない、あるのはただ飢えた者たちだけだ、と公言するようになる。

≪まず食を与えよ、しかるのち善行を求めよ!≫

こう書かれた旗がおまえに向かって押し立てられ、その旗でおまえの神殿が破壊されることになる。

出典: 世界文学全集(集英社) 『カラマーゾフの兄弟』 江川卓

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