江川卓『カラマーゾフの兄弟』は滋賀県立図書館にあります詳細を見る

    【1】淫蕩父 フョードル・カラマーゾフ 指針を欠いたロシア的でたらめさ

    フョードル・カラマーゾフ
    • URLをコピーしました!
    目次 🏃‍♂️

    フョードル・カラマーゾフについて

    章の概要

    『カラマーゾフの兄弟』は、カラマーゾフ一家の内情に詳しい「作者」の回想から始まります。

    予告された皇帝暗殺と幻の続編 ~江川卓のドストエフスキー解説より』にもあるように、現代の読者が『カラマーゾフの兄弟』と呼んでいる小説は、長大なドラマのほんの序章、「第一の小説」と呼ばれる前半部でしかなく、本作で、重要な位置を占める淫蕩父フョードルも、象徴的に亡くなる一人のキャラクターに過ぎません。つまり、フョードル殺しは、ロシアの父親殺し=皇帝殺しの前兆であり、フョードルはロシアの様々な現実を包含したキャラクターということです。

    現代の読者も知っての通り、『カラマーゾフの兄弟』の連載終了から25年後にロシアの第一革命が生じ(血の日曜日事件を発端とする)、37年後にニコライ二世を退位に追い込んだ第二革命が勃発しています(現代人が広くロシア革命と呼んでいるもの。1917年)。
    リンク先はWikiですが、参考図書として歴史本などをお読みになることをおすすめします。

    原作のイメージに一番近いと言われる1968年の映画『カラマーゾフの兄弟』の映像を見ても、フョードルは訳文から受けるイメージと大きく異なり、立派な貴族ですね。

    こちらは、有名な「【19】 「神はあるのか」「いいえ、ありません」「イワンのほうが正しいらしいな」」の場面です。(10秒クリップ)

    淫蕩父といっても、飲んだくれの貧民ではなく、知性も財産もある、田舎のインテリ親父です。

    しかしながら、革命以前のロシア社会――皇帝(ツァーリ)を頂点とした貴族社会では、貧富の差も激しいことから、妬まれ、蔑まれ、憎悪の対象でもありました。皇帝が退位し、政権がソビエト(評議会)に移ってからは、フョードルのような貴族階級も社会から追われ、粛清されていったと思います。

    いわばフョードルは貴族社会の徒花、出自と財力に物を言わせて、好き勝手できた時代の、最後の花火です。

    そして、三人の息子は、貴族社会末期から帝政崩壊に至るまでの、混沌とした時代に生を受けました。エアポケットにすっぽり嵌まったような、「何とかしないといけない、でも、どっちに向かって行けばいいのか分からない」、モヤモヤした時代です。

    そんな中、なぜフョードルは殺され、三人の息子はどうなったのか。

    フョードルをキーパーソンとした「第一の小説」は、家庭という小さな社会と、息子たちの人間としての覚醒を描いています。

    当方で作った公開プレイリストはこちら。作品理解の手助けにどうぞ。
    https://www.youtube.com/watch?v=z_U-juAzXik&list=PL6Jz1764NhesQz7hUnrZdm-f_GZcisvg0

    ロシア的なでたらめさ

    本作においては、「屠られた父」となるフョードル・カラマーゾフについて、作者は次のように描写します。

    アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフ(アリョーシャ)は、私たちの群の地主フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフの三男に生れた。父のフョードルは、いまからちょうど十三年前、悲劇的な謎めいた最期をとげたことで、一時はなかなか評判になった(いや、いまでも当地ではまだ噂にのぼる)男だが、その事件のことはいずれしかるべき場所でお話ししたい。

    いまはとりあえずこの《地主》(生涯を通じて持村で暮すことはほとんどなかったのに、当地では彼をこう呼んでいた)については、だいぶ変った部類の、だが、それでいてけっこうあちこちで見かけるタイプの男だったとだけ言っておこう。

    つまり、たんに鼻つまみの放蕩者というばかりでなく、同時に常識はずれのでたらめな男でもあるのだが、同じくでたらめといっても、自分の財産上の諸雑務は実にみごとに処理してのける、ただし、どうやらそのほかにはなんの取柄もないといったタイプの人間なのである。

    事実、フョードル・パーヴロヴィチはほとんど無一文で出発し、地主とは名ばかりのほんの小地主で、よその家で食事にありついたり、居候にころがりこんだりする機会ばかりねらっていたが、いざ死んでみると、現金で十万ルーブリもの金を残していた。

    そのくせ彼は生涯を通じて、当郡きってのでたらめきわまる常識はずれの一人として押し通してしまったのである。念のためくり返すが、これは頭が悪いというのとはちがう。だいたいがこういう常識はずれの大半は、なかなかに頭もきれ、抜け目もないものである、――要するにこれは、でたらめとしか言いようのないもので、それも一種独特の、いかにも国民的、ロシア的なでたらめさなのである

    フョードルが無類の女好きで、酒飲みで、破天荒なオヤジであることに変わりないですが、学も知性もない愚か者かと言えば、決してそうではなく、むしろ並より知性は高い方。末っ子のアリョーシャにすがって、よよよと泣き崩れる人間味もあれば、痴れ者のリザヴェータが産み落とした赤ん坊(スメルジャコフ)を引き取って育てる情け深さもあり、現代の怨恨殺人のように、他人の激しい恨みを買って殺されるようなタイプではありません。

    家族の会合で、ゾシマ長老にも諫められるように、フョードルは他人の前で「悪ふざけが過ぎる」(また自分でも、下劣な人間と思い込もうとしている)だけで、中身は至って"まとも"、ただその時々のノリで、馬鹿になったり、真面目になったり、一貫性がないので、「でたらめ」に見えるのです。

    分かりやすく言えば、「計算のない、おふざけ」ですね。

    馬鹿なYouTuberには「こうすればウケるだろう」という計算がある。

    でも、フョードルは行き当たりばったりで、自分でも、自分が何をしているのか、よく分かってない――その違いです。

    最初の結婚 ~ドミートリイの誕生とアデライーダの死

    フョードルは、空疎な結婚を繰り返し、次々に三人の息子をもうけて、いずれも育児放棄します。

    彼は二度結婚して三人の息子がいた。

    長男のドミートリイは先妻の子で、あとの二人、イワンとアレクセイが後妻の子である。

    フョードルの妻(アデライーダ・イワーノヴナ)は、かなり裕福な名門の貴族で、やはり当郡の地主であったミウーソフ家の出であった。

    いったいどういうめぐり合わせで、持参金つきの、おまけに美人の、しかも、そのうえ、いまの世代にはもうめずらしくもなんともないが、一世代ほど前にもそろそろはしりの出はじめていた、才気煥発な当世風のお嬢さんが、当時みなから≪愚図のひょうろく≫などと呼ばれていたつまらぬ男との結婚などに踏み切れたのか、そのわけはくどくどと説明しないことにする。

    ≪中略≫

    アデライーダ・イワーノヴナ・ミウーソワの行動もこれと同じことで、明らかに外来の風潮にかぶれた結果であり、これまた囚われた思考の焦燥(注解を参照)のあらわれにほかならなかった。

    おそらく彼女は女性の独立を地で行き、社会の規範や、一門、家族の圧政に反旗をひるがえしたい気持にかられたのだろう。そして得手勝手な空想のおもむくまま、実際にはたんなる腹黒い道化にしかすぎないフョードルのことを、ほんの一瞬間にもせよ、いまでこそ居候に身を落としているが、実は、万事が進歩へと向かいつつあるこの一大転換期にあって、もっとも勇気のある、もっともシニカルな男性のひとりに相違ない、と思い込んでしまったのだろう。

    駆け落ちの直後から自分が夫に対して軽蔑以外のなんの感情も持ちあわせていないことを、即座に見抜いてしまった。(13P)

    才気煥発な名門の令嬢が、威勢だけはいい田舎オヤジを、田中角栄かドナルド・トランプみたいに思い込み、結婚したのが運の尽き。

    金にがめついフョードルは、

    ■ 妻の持参金、2万5千ルーブリを、そっくり巻き上げる。

    ■ 持参金に含まれた小さな持村と、立派な町の邸宅にも目をつけ、自分名義に書き替えようとする

    名門の妻から、何もかも横取りしようとしますが、持村と邸宅については、アデライーダの実家が阻止し、夫婦喧嘩になります。

    「彼女は激しやすい、大胆な性格で、色は浅黒く、短気なうえに、並はずれた体力にめぐまれた女丈夫だった」という気質は、長男ミーチャに受け継がれます。

    夫婦の間に再三つかみ合いの喧嘩があったことは確実に知られている話だが、言伝えによると、殴ったのはフョードルではなくて、アデライーダのほうだったという。彼女は激しやすい、大胆な性格で、色は浅黒く、短気なうえに、並はずれた体力にめぐまれた女丈夫だった。あげく彼女は、三歳になるミーチャ(ドミートリイの愛称)をフョードルの手に残し、貧乏暮しでくすぶっていた神学校出の教師と手に手を取って家をとび出してしまった

    フョードルはたちまちわが家をハレムそのものに変えて、飲酒三昧の生活にふけりはじめ、そのアントラクトには、ほとんど全県を馬車で乗りまわして、それこそ会う人ごとに、自分を捨てたアデライーダ・イワーノヴナのことを涙ながらにこぼしてまわり、しかも、夫として口にするのも恥ずかしいような夫婦生活の機微を平気でしゃべりたてたものである。

    肝心なのは、どうやら彼には、寝とられた夫という滑稽な役まわりを公衆の面前で演じてまわり、尾鰭までつけて自分の恥辱をこまごまと描いて見せるのが、愉快どころか、うれしくてたまらなかったらしいことである。 ≪中略≫

    多くの人は、同じ道化でも趣向を新たに打って出られるのがうれしいのさとか、笑いの効果を強めるために、わざと自分の滑稽な立場に気づかないふりをよそおっているのさ、とまで口にした。もっとも、だれが知ろう、ひょっとしたらこれが彼の無邪気な生地そのものであったかもしれないのだ。

     
    現代にも、こういう人はいますね。「いやあ~、女房に逃げられちゃったよ」と自虐ギャグに走り、事実を誇張するどころか、夫婦生活までネタにする(女房のアソコがどうとか)、現実を直視したくないタイプです。周りに憐れまれると、かえって自分が惨めになるので、何でもギャグにしてしまう。そして、ウケればウケるほど、調子に乗って、あること、ないこと、ポンポン口にし、自分でも訳が分からなくなるという……。

    そんなフョードルの元に、「アデライーダがペテルブルグの屋根裏部屋で急死した」という報せが届きます。

    フョードルは両手をあげて歓喜する一方、おいおい泣きじゃくることもあり、作者は、そうした人間性を「だいたいが人間というものは、たとえ悪人であっても、われわれが一般に考えるよりは、はるかに素朴で純真なものである」と表現しています。

    フョードル・パーヴロヴィチは、妻の死を知ったときは酔っぱらっている最中だったが、だしぬけに表へ走り出て、喜色満面、両手を高く天に差しのべながら、「大願成就(注解を参照)」とわめき立てたという。もっとも、ほかの人の話によると、まるで小さな子供のようにおいおい泣きじゃくるので、実にいやらしいやつだと思いながらも、見ているのが気の毒なくらいだったともいう。

    それもこれも真実だというのが、おそらくあたっているだろう。つまり、自分の解放を喜ぶと同時に、解放してくれた恩人のことを思って泣いたのである。

    だいたいが人間というものは、たとえ悪人であっても、われわれが一般に考えるよりは、はるかに素朴で純真なものである。いや、そういうわれわれ自身だって、そうなのだ。

    作者の言う「悪人」とは、邪悪な犯罪者ではなく、下品、欲深、恥知らずで、周りに迷惑かけてばかりの厄介者です。嘘をつくこともあれば、他人を傷つけることもあり、とても善良とは言えませんが、そんな「ワル」でも、我々が考えるより、はるかに素朴で、純真ということですね。

    現代でも、何度も警察の厄介になるような、トラブルメーカーは少なくないですが、喋ってみると、案外、気前が良く、世知にも長けて、そこらのエリート・ビジネスマンより情が深かったりします。(ヤ業の親分さんとか)

    フョードルも、不可解かつ、不愉快な人物に違いないですが、根は純粋で、邪心はないです。

    人に恨まれ、殺害される理由もありません。

    ゆえに、三人の息子たちの葛藤――「どうしてこんな人間がなぜ生きているんだ」「他人の死を希望する権利はあるのか」という問いかけに説得力が生まれます。

    もし、フョードルが根っからの悪人なら、「あんなヤツ、死んで当然」と誰もが思ったでしょう。

    でも、そうではないから、ドミートリイの裁判は注目を集め、「非道な親殺し」とレッテルを貼られたのです。

    動画で確認

    イメージが掴めない方は、2007年版映画のクリップを参考にして下さい。
    「アデライーダと夫婦喧嘩」「ミーチャを置いて家出」「大願成就」のエピソードが描かれています。

    https://youtu.be/-YcFzj5MyMo?t=306

    大願成就と叫ぶフョードル

    江川卓による注解

    囚われた思考の焦燥

    レールモントフの詩『若き夢想家よ、おのれを信ずるな』(一八三九)からの引用で、「疫病のごとく、霊感を恐れよ…… / そは――君が病める魂のうわごと / あるいは囚われた思考の焦燥にすぎぬ」の文脈に出てくる。

    大願成就

    ルカ福音書第二章二十九章に出てくる表現で、原義は「いまこそ去らせてくださいます」。エルサレムのシメオンという人が、キリストを見るまでは死ぬことはないとのお告げを受けてその日を待ちわびていたが、ある日《神殿》にはいると、そこに幼いイエスが両親に連れられて来たので、彼は神をたたえて、「主よ、いまこそあなたのしもべを安らかに去らせてくださいます」と言った。点じて「大願成就」の意で使われる。

    ロシアのウクライナ侵攻に思う

    ※ 「ロシア的でたらめさ」に関する追記です。

    ドストエフスキーの言う『ロシア的でたらめさ』は、2022年、ウクライナ侵攻を目の当たりにして、いっそう説得力を持ちます。

    ソ連崩壊から30年。

    ロシアも我々と同じ、(多少の軋轢はあるにせよ)、自由民主主義を重んじ、同じ方向に進むのかと思えば、突然の軍事侵攻、民間人の無差別攻撃。ロシアのやること、なすこと、全てに怒りを感じている人も少なくないのではないでしょうか。

    それがフョードルの『ロシア的でたらめさ』と同一かは分かりませんが、一つの思想に固執し、進歩的かと思えば、前時代に逆戻り。戦略も、理略もない、場当たり的な主義主張を繰り返し、またそれを暢気に支持している一部市民の姿を見れば、何もかもが「でたらめ」としか言いようがありません。

    しかし、彼らの中では、きちんと整合性がとれており、理解できない西側こそが「でたらめ」です。

    こうした差異は、理屈で変えられるものではありません。

    いつの時代も、その地に根を張る文化習慣や精神風土は、他国からは窺い知れないものです。

    日本人だって、他国人から見れば、「何を言われても、へらへら、にたにたして、何を考えているか分からない」「右か左か、どっちの味方なのか」等々、不可解な存在です。

    いや、それが我々の気づかいなんですよ……と言っても、他国人は決して理解しないでしょう。

    フョードルも、本質的には理知的で、洞察力に優れますが、一方で、下品極まりない俗物で、傍から見れば、これほど不可解な人物もありません。

    それでいて、決して孤独ではなく、飲み仲間もいれば、忠僕グリゴーリイもいて、息子たちもそれなりに情愛を感じています。

    傍目には「でたらめ」でも、本人の中では全て整合性がとれていて、理解しない周りの方がおかしいのでしょう。

    「ロシア的でたらめ」とは、祭のような熱狂に、幾ばくかのメランコリーが混ざり合い、その日の気分で、王様にも乞食にもなる、自己陶酔型と感じます(あるいは自己暗示にかかりやすい)。

    それが家庭内で済む間は笑い話ですが、国家に及べば歴史的悲劇となります。

    江川卓による注解

    囚われた思考の焦燥

    レールモントフの詩『若き夢想家よ、おのれを信ずるな』(一八三九)からの引用で、「疫病のごとく、霊感を恐れよ…… / そは――君が病める魂のうわごと / あるいは囚われた思考の焦燥にすぎぬ」の文脈に出てくる。

    大願成就

    ルカ福音書第二章二十九章に出てくる表現で、原義は「いまこそ去らせてくださいます」。エルサレムのシメオンという人が、キリストを見るまでは死ぬことはないとのお告げを受けてその日を待ちわびていたが、ある日《神殿》にはいると、そこに幼いイエスが両親に連れられて来たので、彼は神をたたえて、「主よ、いまこそあなたのしもべを安らかに去らせてくださいます」と言った。点じて「大願成就」の意で使われる。

    アデライーダの訃報を聞いたフョードルが、大喜びして叫ぶ言葉。

    【参考】 原卓也訳について

    以下は、原卓也訳(新潮文庫)からの抜粋です。

    フョードルの性格描写も、江川訳に比べて、ずいぶん辛辣ですね。

    江川訳は、破廉恥ながらも知性的、という印象がありますが、原訳のフョードルは、愚かで、がめつく、狡猾な男のイメージです。

    およそ俗物で女にだらしないばかりか、同時に常識はずれの、ただ常識はずれと言っても自分の財産上の問題を処理するうえでは大いにやり手で、それだけしか能がないといった感じのするタイプの人間だった。

    ≪中略≫

    そのくせ死んだときには現金で十万ルーブルに及ぶ金をためていることがわかった。それでいながら、やはり彼は終生この郡じゅうに、常識はずれな半気違いというのは大部分、かなり利口で抜け目ないものであり、つまり常識はずれ、それも何か一種特別な、民族的な常識はずれなのである。

    原訳で『民族的な常識はずれ』となっている個所は、江川訳では『ロシア的でたらめさ』となっています。どちらが分かりやすいかと言えば、圧倒的に後者ではないでしょうか。

    当方は原文を知らないので、「どちらが正しいか」は分かりませんが、江川訳はより本質を伝えようとしている印象を受けます。(原氏の翻訳は文学的で、江川氏の翻訳は読み物的、という印象です)

    カラマーゾフの兄弟(上中下)合本版(新潮文庫) Kindle版
    カラマーゾフの兄弟(上中下)合本版(新潮文庫) Kindle版

    誰かにこっそり教えたい 👂
    • URLをコピーしました!
    • URLをコピーしました!
    目次 🏃‍♂️