天下の悪妻リーズと結婚の約束
章の概要
アリョーシャは、少年たちに出会った後、ホフラコワ夫人の屋敷を訪ねます。娘のリーズは、今さらのように、アリョーシャに恋文を送ったことを恥じますが、アリョーシャは、「法律で定められた時期がきたら、ぼくらは結婚するんです」と約束する。
本当にそれでいいのか? 後悔はないのか?
既に破綻が目に見えている、『第Ⅳ編 うわずり / 第4章 ホフラコワ夫人の家で』 怒濤の展開です。 😨😨😨
前のエピソード 【25】 イリューシャと少年たち ~未来の12人の使徒
動画で確認
TVドラマ『カラマーゾフの兄弟』(2007年)より。1分動画。
ホフラコワ夫人との会話を聞きつけて、車椅子に乗ったリーズが登場。女中のユーリヤに、怪我を手当する為の水を持って来させる場面です。原作でも、彼らが裕福なのは言及されていますが、どれくらい裕福かは、日本人にはなかなか想像しにくいです。動画は現代に制作されているので、インテリアも、五つ星のトラディショナルホテルのようですが、大変富裕な貴族階級であるのは確かです。
https://youtu.be/-YcFzj5MyMo?t=5994
ちなみにTVドラマ版では、結婚の話は、『第Ⅴ編 ProとContra / 第1章 婚約』のパートで初めて出てきます。話が二重になると、ややこしくなるからでしょう。
それより、ホフラコワ夫人の屋敷で、すでに面談しているカチェリーナとイワンの痴話喧嘩(?)の方がメインです。
うぶなアリョーシャには荷が重いことばかりです。
クララとは似ても似つかぬ、わがまま娘・・・
覗き見・立ち聞き大好き ホフラコワ夫人
本作では、アリョーシャと婚約する車椅子のリーズと、母親ホフラコワ夫人の言動が、かなり詳細に描かれています。
比較的重要なサブキャラなので、描写も密になるのは納得ですが、もう一方には、アリョーシャの破滅の引き金になるからではないかと、筆者は思っています。
作中でも、しばしば描写されていますが、ホフラコワ夫人は耳が早くて、噂話が大好き、覗き見・立ち聞きはお手の物で、なんにでも首を突っ込んで、派手に騒ぎ立てます(ドミートリイがお金のことで相談に行った時も)
こういうタイプは現代にもいますね。(主な生息地・職場の洗い場)
無自覚に、ぐるぐる物事を引っ掻き回す、洗濯機みたいなタイプです。
本作のホフラコワ夫人も、人柄は好く、常識もありますが、常に他人の噂話に聞き耳を立て、秘密を探ろうとします。そうすることが、皆に調和をもたらすと、本気で思い込んでいるんですね。
そうかと思えば、「偉大な人類愛」をゾシマ長老に打ち明け、逆に、「人類一般を愛すれば、個々への愛は薄くなる」と諭されたり。
とても周りを幸せにする人間には見えません。
ホフラコワ夫人の語り口調は、万事この調子です。
私は原文を知らないので、実際の台詞がどんなものか、想像するしかないのですが、ドストエフスキーも、好奇心むき出しの、下世話夫人の口ぶりをよく研究していたのではないでしょうか。
ちなみに、随所にフランス語の言い回しが登場するのは、ロシアの上流階級の証しだそうです。
「わたくし、すっかりわかっていますの、何もかもわかっていますの。わたくし、細かいところまですっかり伺いましたのよ、きのう、あの方のところで起ったことも……あの……あばずれがまき起した恐ろしい騒ぎのこともすっかり。C'est tragique(なんてひどいことを)、もしわたくしがあの方の立場でしたら、わたくし、なにを仕出かしたかわかりませんわ! それにしても、あなたのお兄さまのドミートリイさんも、まあ、なんという……あら、ごめんなさいね! アレクセイさん、わたくし、こんぐらかってしまて、実はね、いまあちらにあなたのお兄さまが、いえ、あの、きのうの恐ろしいほうのお兄さまじゃなくって、もう一人の、イワンさんのほうが見えていらっしゃいましてね、カチェリーナさんとお話ししていらっしゃるんですけど、そのお話がまたたいそう厳粛なもので……いまお二人の間には、それこそもう信じられないようなことが起っていますの、もう恐ろしくなるくらい。あれはもう、わたくし申しますけど、うわずりですわ、真に受けようたって受けられない、途方もない絵空事ですわ。お二人とも、なんのためだか知りませんけど、ご自分でご自分を不幸になさっては、しかもそれをよくご承知のくせに、まるでそれを楽しんでいらっしゃるふうなんですの。わたくし、あなたのいらっしゃるのを待ちかねていましたの! 待ちこがれていましたの!」
読んでて、いらいらしますね (^-^)
【9】 人類一般を愛すれば、個々への愛は薄くなる ~「空想の愛」と「行動の愛」の違い
ぼくたち結婚するんです(←マジか?!)
親が親なら、娘も娘です。
リーズは衝動的にアリョーシャに恋文を送り、急に恥ずかしくなって、アリョーシャに手紙を返すよう求めますが、アリョーシャは「ぼくたちは結婚するんです」と答えます。
「とんでもない。ぼくはあれを読んだとたん、すぐに思ったんです、きっと万事がこのとおりになるにちがいないって。というのは、ゾシマ長老が亡くなられたら、ぼくはすぐに僧院を出なければならないからです。それからぼくはまた学校に戻って、試験にパスします。それで、法律で定められた時期がきたら、ぼくらは結婚するんです。ぼくはあなたを愛しますよ。まだよく考えてみる機会はなかったけれど、あなたよりすばらしい妻は見つかるはずがない、と思ったんです、それに長老も、結婚するようにと命じていらっしゃいますし……」
「だってわたしは片輪よ、車椅子で押してもらっているのよ!」リーザは頬をぼっと紅潮させて笑った。
「ぼくが自分で車椅子を押しますよ、でもぼくは、そのころまでにはあなたがよくなると確信しているんです」
リーズが天下の悪妻なのは、続きを読めば分かります。
この娘も、覗き見・立ち聞き大好きで、結婚したら、アリョーシャの全てを支配し、ぎーぎー文句を言いそうです。
アリョーシャには、この娘の曲がった本性が分からないのでしょうか。
この娘は、そうとうキツイですよ?
今から破局が目に見えているようです。
「ママ、さっさとこの人をここから連れて行ってちょうだい。アレクセイさん、カチェリーナさんのあとで、わざわざわたしのところへ寄ってくださらもけっこうよ。まっすぐ僧院へお帰りなさいな、それがあなたにはお似合いだわ! わたしは眠りたいの、ゆうべはひと晩じゅう眠れなかったんですもの」
「ああ、リーズ、いまのはただの冗談でしょうけど、でも、ほんとにひと眠りしたらどうなの!」ホフラコワ夫人が叫んだ。
「よくわからないなあ、なんでぼくが……じゃ、あと三分だけここにいますよ、なんなら五分でも」アリョーシャはつぶやいた。
「五分でもですって! さあ、早くこの人を連れて行ってよ、ママ、こんなお化け!」
「リーズ、気でもちがったの。さあ、アレクセイさん、まいりましょう。この子はきょうはあんまり気まぐれがすぎます、わたくし、この子をいらだたせるのが心配ですの。ほんとに、神経質な女って困りものですわね、アレクセイさん! でも、もしかしたらこの子、あなたとごいっしょしていてほんとに眠くなったのかもしれませんわ。よくまあこんなに早くこの子をおねむにしてくださいましたこと、ほんとに助かりましたわ!」
この娘だけはやめておけ……
アリョーシャ破滅の引き金となる?
私の考えるストーリーは、アリョーシャとリーズの暮らす屋敷に少年たちが出入りするようになり、覗き見・立ち聞き大好きなホフラコワ夫人、もしくはリーズが不審に感じ、アリョーシャの手紙や、少年たちの言動をウォッチするうち、重大な事を見聞きして、パニックに陥ったホフラコワ夫人がラキーチンに相談、アリョーシャの破滅を願うラキーチンから当局に漏れ出す・・というものです。次いで、アリョーシャやコーリャに反感を抱く少年クラソートキンに接近し、決定的証拠を掴んで、一斉逮捕に踏み切る、といったところでしょうか。
どう考えても、リーズは尽くすタイプに見えないし、心優しいアリョーシャも、いずれ妻のヒステリーに疲れ切り、ドミートリイを亡くしたグルーシェンカと懇ろになる、という筋書きも考えられます。
ともかく、リーズとホフラコワ夫人や、アリョーシャにとっては、地雷みたいな存在で、誰をも幸せにしないのは今から明白です。
こればかりは、ドミートリイに恋愛指南してもらうべきではないでしょうか。
ともあれ、この場面は軽く飛ばして、次のカチェリーナVSイワンの痴話喧嘩に注目です.