江川卓『カラマーゾフの兄弟』は滋賀県立図書館にあります詳細を見る

    【3】 自己卑下と高い知性が結びつく ~人間界の代表 イワン

    カラマーゾフの兄弟 イワン
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    目次 🏃‍♂️
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    イワン・カラマーゾフ ~人間界の代表

    章の概要

    『第Ⅰ編 ある家族の由来 / 第3章 再婚と腹ちがいの子供たち』では、フョードルの二番目の妻、ソフィヤ・イワーノヴナと二人の息子、次男イワンと三男アリョーシャ(アレクセイシャ)の生い立ちと、それぞれの性格について描かれます。

    先妻アデライーダが死んだ後、フョードルは放蕩三昧の暮らしを楽しんでいましたが、みなしごで、薄幸な女性、ソフィヤ・イワーノヴナと再婚します。

    ソフィヤは《ヴォロホフ将軍の有名な未亡人の裕福な家庭》に育ち、気だてのやさしい、口ごたえひとつできないような娘でしたが、老夫人の我が侭に疲れたのか、貯蔵庫の釘に縄を吊して、首つり自殺を図ります。

    フョードルは、ソフィヤの身の上を憐れんでか、結婚を申し込み、十六歳のソフィヤは、訳も分からずフョードルと一緒になりますが、二人の息子が生まれてからも、フョードルは乱痴気騒ぎをやめず、とうとうソフィヤは神経を病んでしまいます。(本作では「わめき女」と表現)

    そして、イワンが七歳(アリョーシャより三つ年上)、アリョーシャが四歳の時、ソフィヤが亡くなると、またもフョードルは二人の息子をほっぽらかして、淫蕩生活に耽ります。二人の息子は下男小屋に引き取られ、忠僕グリゴーリイが面倒を見ますが、ソフィヤの死から三ヶ月後、突如、将軍夫人(未亡人)がフョードルの所にやって来て、幼いイワンとアリョーシャをカラマーゾフ家から連れ出します。

    将軍夫人が亡くなると、県の帰属団長で、遺産相続人でもあるエフィーム・ペトリーヴィチ・ポレーノフがイワンとアリョーシャの養育を引き受け、立派に育てます。

    天真爛漫なアリョーシャは、皆に愛され、素直な青年に育ちますが、イワンは「他家の厄介になっている」という引け目と、父フョードルに関する良くない噂から、己を恥じ、気むずかしい人間に育ちます。

    13歳でボレーノフ家を離れ、モスクワの高等中学に入学すると、高い知性を発揮し、新聞記事の執筆などで注目を集めるようになります。

    本作では、「地の人・ドミートリイ(現実に根ざした俗人)」「天の人・アリョーシャ(信仰に生きる)」の中間に属する「人間界」の代表格で、現実の不条理に憤り、神や不死を疑うようになります。

    ひたすら神の義を信じるアリョーシャと異なり、イワンの苦悩は、現代人の心に深く刺さるものがあるのではないでしょうか。

    動画で確認

    TVドラマ『カラマーゾフの兄弟』(2007年)より。
    ソフィヤの後見人だった未亡人(将軍夫人)がイワンとアリョーシャを引き取り、フョードルにビンタを食らわせる場面。
    成長したイワンが文筆に没頭する場面が描かれています。

    https://youtu.be/-YcFzj5MyMo?t=474

    幼いイワンとアリョーシャを連れて行く将軍夫人

    文筆に没頭するイワン

    人間社会に運命づけられた人

    カラマーゾフ三兄弟は、「地上の世界・人間界・天上の世界」に運命づけられた申し子であり、もっとも人間的な存在が中間に位置するイワンです。
    (ドミートリイが地上の世界の代表である理由は、【17】ドミートリイの告白 ~3000ルーブリをめぐる男女の愛憎と金銭問題 カチェリーナとグルーシェンカで歌われるデーメーテールの詩の中に描かれています)

    地上の醜さに幻滅しながらも、一方では、アリョーシャの優しさ(神の愛)に救われている、二面性のキャラクターです。

    存在そのものが「矛盾」であり、アリョーシャのように神を信じ抜くこともできなければ、ドミートリイのように完全に地に落ちることもできません。さながら、行き場をなくした霊魂みたいに、天と地の間を彷徨っています。そして、世の多くの人は、イワンと同じ心境ではないでしょうか。

    ドミートリイ、カチェリーナの三角関係に苦しんだのもイワンなら、フョードル殺しで一番傷ついたのもイワンであり、ずいぶん損な役回りという印象です。

    そんなイワンの生い立ちについて、作者は次のように描写します。

    ことにする。もっとも、兄のイワンについては、彼が成長するにつれて、どこか気むずかしい少年になったこと、けっして内気というのではないが、もう十歳くらいのころから、なんといっても自分たちは他人の家で、他人のお情けにすがって暮しているのだ、そして自分たちの父親は、それこそ口にするのも恥ずかしいような人間だ、等々、という自覚をもっていたようであることを伝えておきたい。

    この少年は非常に早くから、まだほんの幼児のころから(少なくとも、そう言い伝えられている)、学問に対する一種異常な、輝かしい才能をあらわしはじめた。正確には知らないが、彼はまだ十三歳そこそこでポレーノフの家庭をはなれて、モスクワのある高等中学に入り、ポレーノフの幼な友だちで、きわめて経験に富んだ、当時有名な教育者の寄宿舎に住むようになった。 ≪中略≫

    ポレーノフの処置がまずくて、わがまま婆さんの将軍夫人から遺贈され、利子がついて千ルーブリから二千ルーブリほどにも増えていた子供名義の金の払い戻しが、わが国ではどうにも避けようにないさまざまな手続きやら緩慢なお役所仕事のせいでのびのびになり、青年は大学に入った最初の二年間、ずいぶん苦労をさせられた。この間ずっと、自分で自活の道を講じながら、同時に勉学をつづけていかなければならなかったのである。 ≪中略≫

    最初は一回二十カペイカの家庭教師をやっていたが、やがて各新聞社のデスクをまわって、市井の出来事に取材した十行記事を書き、『目撃者』の署名で発表するようになった。この記事はどれもたいへんおもしろく、さわりも利かせてあって、たちまちに人気を博した。そしてこのこと一つだけ取っても、この青年が、いつも貧窮にあえいでいるわが国の不幸な男女学生の大多数と比べて、実際的な面でも知的な面でもいかにずぬけていたかがわかろうというものである。

    イワンは、とにかく、物心ついた時から生真面目で、潔癖な性格なのでしょう。自分も許せないし、父親も許せない。社会全体も許せない。その自己嫌悪と自己卑下の気持ちがつのりつのって、神は不死の否定に繋がっていきます。虐げられた人々に、恥ずべき父親から生まれた自分自身を重ね見ているのかもしれません。

    現代でも、貧困家庭で、社会的支援を受けていることを恥じ、引け目を感じる子供は少なくありません。父親が飲んだくれで、何度も警察の厄介になってるような家の子供も同様です。親の恥は、自分の恥。自分も傷物みたいに感じて、劣等感や無価値感に苛まれても不思議はありません。

    イワンも人一倍、優れた知性と鋭い感性を持ち、不正や偽善を許さぬ人間だからこそ、苦悩も深いです。

    アリョーシャのように、他人に施しを素直に受け取ることもできず、貧しさと孤独に心をこじらせながら、文筆業に身を投じていきます。

    教会裁判に関する論文

    そんなイワンの記事の中でも、とりわけ注目されたのが、当時いたるところで論議の的になっていた教会裁判の問題をテーマにしたものでした。

    江川氏の注解によると、

    ロシアの正教会は、信仰上の問題にかかわる罪については、領聖(聖体をいただくこと)の不許可から破門にいたる罰則を設け、ほかに故意の殺人者には二十年の懺悔刑(公衆の面前での懺悔の強制)を課するなどの教会裁判を行ってきた。1864年にロシアの裁判制度の改革が行なわれるとともに、教会裁判の改革についても立法化の動きが表面化し、これにともなってジャーナリズムでも広くこの問題が論議された。この論議は、主として、教会裁判における国家機構の役割を強化しようとする派と、教会の自治機能を強めようとする派との間で行なわれ、後者の見解を代表するゴルチャコフの論文『教会法の科学的立場』をドストエフスキーは参考にしたらしい。

    こうした教会裁判の問題について、イワンは自分の個人的見解も表明していました。「全体の調子と、まったく人の意表をついたその結論」によって、大勢の注目を集めます。

    いわく、

    教会派の多くの者が、この論文の筆者(イワン)を断然自分たちの味方とみなしたのに対して、意外なことに、教会派と並んで、民権派ばかりか無神論者たちまでが、これに負けじと喝采を送りだしたのである。とどのつまりは、一部の慧眼な人々が、この論文は全編これ冷笑的で不遜きわまる悪ふざけにすぎないと断定して、けりがついた。私がこの事件についてとくに一言するのは、この論文が折しもこの町の郊外にある有名な僧院でも読まれるようになったためである。

    ちなみに、この「教会裁判に関する論文」は、ゾシマ長老の導きで行なわれた家族会議の場、イワンとパイーシイ神父&ヨシフ神父との論議で詳しく紹介されています。(大審問官の鍵となる重要なパートです)

    このパートを縦書きPDFで読みたい方は下記リンクからどうぞ。PC・タブレット推奨。閲覧のみ(10ページ)
    第Ⅱ編 第5章 かくあらせたまえ、アーメン! (Googleドライブ)

    ざっくり言えば、「教会が国家の一部として機能するのではなく、国家そのものが教会となり、唯一正しい真理の道を示すことが、かえって救済になる」という極論ですね。

    神にも不死にも否定的なイワンが、「いっそ国家をまるごと教会にしてしまえ」などと唱えたら、嘲笑としか思えません。ゆえに、「冷笑的で不遜きわまる悪ふざけ」と断罪されたわけですが、「ある有名な僧院で読まれた」というのは、ゾシマ長老とアリョーシャのいる僧院であり、ゾシマ長老がイワンの考えに興味をもち、「なにとぞ神のお恵みで、まだ地上におられるうちに、あなたの心の苦しみの解決があなたを訪れ、神があなたの行路を祝福されますように」と祝福する所以です。

    父フョードルの意外な情愛

    そんなイワンは、ひょっこりと父の暮らす町に戻ってきます。(作者に言わせれば、「宿命的に」)

    がめついフョードルは、金をせびりに来たのかと警戒しますが、イワンの方はまるで財産には興味がなく、フョードルを驚かせます。

    しかも、イワンも、アリョーシャも、心もちのいい青年で、お互いに打ち解けます。

    ただ、イワンに対しては、さしものフョードルも不可解な壁を感じ、「おれはイワンが怖いんだ。あいつ(ドミートリイ)より、イワンのほうが怖い」と言わしめます。冷淡だからではなく、すべてを見抜く神の目を持っているからでしょう。

    しかもこの父親たるや、金の話となったら、たとえ息子から泣きつかれたところで、びた一文出す気づかいもないのに、そのくせ一生の間、イワンとアレクセイの二人の息子もやはりいつかは金をせびりにやって来るのではないかと、びくびくしどおしていた男なのである。ところが、いざこの青年がそんな父親の家に帰省してきて、一、二ヶ月いっしょに暮してみると、この二人がこれ以上望めぬくらい折り合いがいいのである。このことは、私ばかりでなく、ほかの多くの人たちにとっても意想外の驚きであった。 ≪中略≫

    「あれはプライドの高い男だよ」と彼(フョードル)は当時よく私たちに言った。

    「小銭ならいつでもかせげるし、現に外国に行く金だって持っているのだから――いったいこんなところへ何をしに来たのかね? 親父のところへ来たのが金目当てでないことだけは、だれが見てもはっきりしている。どう考えたって金を出すような親父じゃないしね。酒を飲むのも、女遊びをするのも大きらいな息子なのに、爺さんのほうは息子なしでは夜も日も明けないときている、ひどくまあうまが合ったものさ!」

    これはほんとうの話だった。青年は老人に対して明らかに影響力さえもっていた。なるほど老人のほうは、ときには当てつけと思えるくらい、異常に我を通すこともあったが、どうかすると青年の言うことを素直に聞くようなときもあり、いくぶん品行があらたまったかのように見えるときさえあった…… ≪中略≫

    もう一つつけ加えておくと、イワンは当時、父と一戦をもくろみ、正式の訴訟さえ起そうとしていた長兄のドミートリイと父の間にあって、仲介者ないし調停者という立場に立っていた。

    年を取って、覇気も無くなり、成長した息子に寄り掛かる老親の姿が見えますね。

    こうした一面があるからこそ、アリョーシャも、イワンも、またドミートリイさえも、愚かな父親を完全に見捨てることはなかったのです。(みな、優しい)

    ちなみに、イワンが帰郷した本当の理由は、「ドミートリイから依頼された用向きのため」です。この事は、ドミートリイの『熱き告白』で語られます。カチェリーナとの関係も、ここで明らかになります。

    イワンは、キリスト教においても、カラマーゾフ一家においても、「中間」の立場であり、バランスを取ろうとしているのが分かります。

    優しいものほど傷つきやすいのは本当ですね

    誰かにこっそり教えたい 👂
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