『大審問官』に登場する固有名詞や引用について、江川卓の注解を掲載しています。
原卓也訳『カラマーゾフの兄弟』(新潮文庫)とは異なる言い回しもありますが、参考にどうぞ。
作品のイメージは、読み解くコラムの『動画で確認』をご参照下さい。
江川卓の注解
大審問官
表題『大審問官』について。
《Notre Damede Paris》
イワンの叙情詩『大審問官』の舞台は、十六世紀のセヴィリアである。
当時は、フランスでは裁判所の書記だとか、僧院の坊さんたちまでが、いろんな芝居をやって見せて、その中でマドンナや、天使や、聖者や、キリストや、さらには神さままで舞台に登場させていたが、ユゴーの『ノートルダム・イン・パリ』では、パリ市政庁の大広間で上演された時には、聖母みずからが舞台に登場して「よき裁き」を行なった、、というイワンの弁。
『聖母の責苦めぐり』
劇中に聖者や、天使や、天上の諸力が登場する物語は、ロシアの僧院でも、タタール支配時代からオコ慣れていた。
その中の一つ、物語詩『聖母の責苦めぐり』では、聖母が地獄を訪れて、大天使ミカエラの案内で、地獄の責苦めぐりをする話もあった。
五旬祭
「聖母の責苦めぐり」で、人々の苦しみに心を痛めた聖母マリアが、すべての聖者、すべての殉教者、すべての天使、大天使に向かって、すべての者にわけへだてのない慈悲の赦しが与えられるように懇願したら、願いが聞き届けられて、毎年、受難週間の金曜日から五旬祭までの間、地獄の責苦は中止されることになったと、イワンの弁。
信ぜよ胸のささやきを・・
キリストがみずからの王国に再臨することを約束してから、すでに十五世紀の歳月が流れている。
その間、人々は、キリストの到来を待ちわびている。その気持ちをシラーの詩に托して。
信ぜよ胸のささやきを、
天のしるしのいまはなければ
新しい邪教
人々はキリストの王国の到来を待ちわびていたが、はやくも人類の間には、こうした奇跡の真実性を疑う気持ちがきざしはじめていた。
北方のゲルマニヤでは、恐ろしい新しい邪教が現われた、とイワンの弁。
なお『作家の日記』一八七七年一月号によると、ドストエフスキーはプロテスタントをカトリックへの反動と見ており、カトリックが消滅すればプロテスタントも消滅するという見解をもっていた。
『われらがもとに主よ来れなば』
幾世紀もの間、人類は信仰の炎を燃え立たせて、『われらがもとに主よ来れなば』と呼び求め続けたので、キリストも、人々の願い同情して、祈っている人たちのところへ降りてみようという気になった。これが叙情詩『大審問官』の始まり。
祝福を与えつつへめぐりたまいぬ
ロシアでは、自分の言葉の真実を深く信じていたチュッチェフが、こんな風に告げている。
十字架の重荷に苦しみながら
天上の王(キリスト)は奴隷の姿に身をやつして
生みの大地なる汝が上をくまなく
祝福を与えつつへめぐりたまいぬ*
十五世紀前に三年間
大審問官より。
キリストはほんの一瞬だけでもいいから、わが子らを訪れてみたい、それもちょうど異端者を焼く焚木の火がぱちぱちとはぜている土地にたずねてみたい、とこう思ったんだよ。キリストはそのはかり知れない慈愛心から、十五世紀前に三年間、人々の間を歩きまわったときとまったく同じ姿で、もう一度人々の間を歩いてみるのさ。
ad majorem gloriam Dei(いやます神の栄光のために)
前述の続き。
彼(イエス)は南国の町の《炎熱の広場》へ降り立ったのだが、そこはちょうどあの《壮麗なる火刑の庭》で、その前夜、ほとんど百人に近い異教徒どもが、国王をはじめ、廷臣、騎士、枢機卿(すうききょう)、うるわしい女官たちの居並ぶ面前で、またセヴィリア全市の多数の住民を前に、大審問官たる枢機卿によってad majorem gloriam Dei(いやます神の栄光のために)一時に焼き殺されたところだった。
『ホサナ!』神を讃える言葉と叫ぶ
(イエスが姿を現わすと)民衆は涙を流しながら、大地に突っ伏して、キリストの踏んで行く土を接吻する。子供たちはキリストの前に花を投げ、讃(さん)美(び)歌(か)をうたって『ホサナ!』神を讃える言葉と叫ぶ。『イエスさまだ、これこそイエスさまだ』とみなが唱和する。
「わたしはあなた方を自由にしたい」
大審問官がイエスに問う。
いったいおまえは、いまそこからおまえがやって来たあの世の秘密を一つでもわしらに伝える権利をもっているだろうか?
いやもっていはしない。それは、すでに以前に言われたことに何もつけ加えないためであり、おまえが地上におった時分、あれほど強く主張した自由を人間から奪わぬためでもある。
いまおまえが新たに伝えようとしていることは、それが奇跡として現われる以上、すべて人間の信仰の自由を犯さないではいないが、彼らの信仰の自由は、千五百年前のあの当時にあっても、おまえには何よりも貴重なものではなかったか。
「わたしはあなた方を自由にしたい」と、あのころ口ぐせのように言っていたのはおまえではないか。
ここで言う「自由」とは、自由意思、自由選択の freedom ではなく、神の教えから離れて、自分たちで好き勝手に善悪を判断する原罪的フリー。
おまえが約束したことなのだ
イエス・キリストは地上における信仰活動をペテロを中心とする十二人の使徒に委ねます。
マタイの福音・第十六章『ペトロス、信仰を宣言する』より、「お前はペトロス、つまり、『岩』である。この岩の上にわたしの教会を建てる」の個所。
《誘惑した》
悪魔が洗礼を受けたばかりのイエスに三つの問いをする『荒野の誘惑』のこと。
詳しくは、『荒野の誘惑と悪魔の三つの問い』を参照。
この獣に似たものこそ、天上の火を盗んでわれらに与えてくれたのだ
『荒野の誘惑』にちなむ。
“もし服従がパンで買われたものであるならば、どんな自由がありえよう、というのがおまえの考えだったのだ。おまえは、人の生きるはパンのみによるにあらず、と反(はん)駁(ばく)した。しかし、よいかな、ほかでもないこの地上のパンの名においてこそ地上の悪魔はおまえに叛旗ひるがえし、おまえと戦って、おまえを打ち負かすのだぞ。そしてすべての人間が、「この獣に似たものこそ、天上の火を盗んでわれらに与えてくれたのだ!」と叫びながら、悪魔のあとについて行ってしまうのだ。”
古代の掟
大審問官の言葉。
“人間の自由を支配するどころか、おまえはその自由をふやし、人間の精神の王国に自由の苦しみという永遠の重荷を負わせてしまったのだ。おまえが望んだのは人間の自由な愛であった、おまえに魅せられ、心惹かれて、人間が自由におまえに従ってくることであった。確固と定まった古代の掟に代って、それ以後人間は、何が善であり何が悪であるかを、ただおまえの姿だけを指針として仰ぎながら、自らの自由な心で決めることになるはずであった、”
「何が善であり何が悪であるか」を人間が勝手に判断する、原罪にまつわるエピソード。
ローマとカエザルの剣を彼から受け取り
大審問官の言葉。
“ちょうど八世紀前、わしらはおまえが憤然としてはねつけたあの最後の贈物を彼から受け取ったのだ。彼が地上の全王国を指し示しながら、おまえにすすめたものをな。つまり、わしらはローマとカエザルの剣を彼から受け取り、わしらだけが唯一の地上の王者だと宣言したのだ。”
その手に《神秘》を握る淫婦
大審問官の言葉。
“言いつたえと予言によると、おまえはふたたびこの世へやって来て、おまえの選ばれた者たち、誇り高く力ある者たちとともにこの世界を征服するそうだ。だが、わしらは言ってやろう、おまえの選ばれた者たちはただ自分自身を救ったにすぎなかったが、わしらは万人を救ったのだとな。野獣の上にまたがって、その手に《神秘》を握る淫婦は辱しめられるだろう、非力な者たちがふたたび謀反を起し、その淫婦の緋衣を裂き、その《けがらわしい》体を裸にするだろうとも言われている。”
「おまえの選ばれた者たちはただ自分自身を救ったにすぎなかったが、わしらは万人を救った」とあるのは、イエスの心に適い、自分で自分を救えるのは少数だが、大審問官の側は、人間すべてを良心の咎から自由にし、楽にしてやると。
《数をみたし》
大審問官の言葉。
“わし自身、かつては荒野にあって、いなごと草の根で露命をつないだことがあり、わしもまた、おまえが人間を祝福して与えた自由を祝福したことがあり、わしもまた、かつてはおまえの選ばれた者、力あるたくましい者の仲間に加わり、その《数をみたし》たいと熱望したものだ。しかしわしは目がさめ、狂気に仕えるのがいやになったのだ。”
大審問官も、かつてはイエスの側だったが、神に仕える仲間はいっこうに増えないので、馬鹿馬鹿しくなった、みたいなニュアンス。
フリーメーソン
イワンの言葉。
”ひょっとすると、あれほど強情に、あれほど自己流に人類を愛しているあの呪うべき老人(大審問官)は、数多くのそういう唯一者的老人の一大集団という形でいまも存在しているかもしれないんだ。しかもけっして偶然に存在するのじゃなくて、神秘を保持するためにとうの昔に結成された一宗派として、秘密結社として存在するのかもしれない、不幸で非力な人間たちから、彼らをしあわせにするために神秘を保持しようというわけなのだ。こういったものはかならず存在するし、それどころかそうあって当然なんだ。ちらとそんな気がするのだがね、ぼくはフリーメーソン*78にも、その根底にはこの種の秘密に似た何かがあるように思う”
カトリック教会はこのフリーメーソンを最初から敵視し、十九世紀中葉にはピオ九世が再三にわたってはげしい攻撃を行なった。なお、ロシアの民間ではフリーメーソンは訛ってファルマゾーヌイとも呼ばれ、鞭身派や去勢派と同じく「秘密宗派」の一派と見られていた。一部には、「神を拒否し、一切の聖なる物を否定する妖術者」と見る向きもあったらしい。また事実、ロシアのフリーメーソンの何人かは鞭身派あたりとなんらかの交渉をもったとも伝えられている。イワンが「フリーメーソン」ではないかという疑問はドミートリイによってh、「イワンには神がない、その代りに思想がある」という文脈で述べられている。
羊の群も一つなら、羊飼いも一人
前述の続き。
“カトリックの連中がフリーメーソンをあれほど敵視するのも、彼らを自分たちの競争者、理念の単一性の破壊者と見ていればこそじゃないのかな、”
《暗い町の広場》
イエスが大審問官の唇に接吻すると、大審問官は動揺しながらも、戸口をあけ、イエスを暗い町の広場に解放する。イエスはそのまま立ち去る。
『Pater Seraphicus ――こんな名前をどこから思いついたんだろう?』
イワンはアリョーシャと料亭を出ると、「三十近くなって、《杯を床に叩きつけたくなったら、おまえがどこにいようと、ぼくはきっともう一度おまえと話をしに来るとね》……たとえアメリカからでもだ、覚えておいてくれ。わざわざそのためにやって来るんだ。でも、実際問題として、もしかしたら七年、いや、十年は会えないかもしれないのでね。さあ、もうおまえのPater Seraphicusのところへ行くがいい」と別れの言葉を口にします。
イワンが行ってしまうと、アリョーシャは「どうしてPater Seraphicusなんてどこから思いついたんだろう、かわいそうなイワン……ああ、もう庵室だ、あの方がPater Seraphicusだ、あの方が僕を救って下さるのだ……」と心の中で祈る。
Pater Seraphicuは文字どおりには「セラピムの教父」の意味であり、十二―三世紀のカトリック教会の聖者アッシジのフランチェスコが、夢に主天使セラピムを見たのち信仰生活に入ったことから、彼の称号としても用いられる。フランチェスコは托鉢修道会フランシスコ会の創始者で、イタリアの富裕な商人の息子に生まれ、青年時には遊興にふけっていたが、セラピムの夢以後、「貧しさ」の徳を説き、乞食僧として生涯を送った。フランシスコ会の創立後、ローマ法皇インノセント三世に会の承認を求めに行ったときの話は、「キリストの代理者」と「キリストの追随者」との対決として有名であり、イワンは「代理者」としての大審問官に「追随者」としてのフランチェスコ(ゾシマ長老)を対置しているとも読める。